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ラヴ茶関西オフレポ その2 伏見酒の園編

2006年10月21日
 一日目のメインとなる伏見観光散策です。みんなで辿った径路地図を作ろうと思い立ったのですが‥面倒でした!
 時間のかかる事かかる事。ネット上に流布している地図を加工できれば簡単なのですけど、それはしてはいけません(当たり前)から、ちまちまと手描きしました。

ラヴ茶版伏見観光径路図
その2の登場人物
志音さまりうさま薫子さま
紀州さまいちさま
まさやんさまもずる 


近鉄京都駅から京都線で桃山御陵駅まで約十分の移動。


10月13日の2 伏見→京都→大阪まで

伏見は京都の南に位置する河川輸送の港町でした。
 大阪から淀川水系を利用して到着した人や貨物は、伏見からは高瀬川運河(慶長19年に豪商角倉了以によって開削)を利用し京に向かいます。京からは陸路で大津に至り、琵琶湖水系と繋がっています。
 大阪は瀬戸内航路、山陽道のターミナルであり、琵琶湖水系は塩津から陸路で敦賀に接続します。敦賀は北前船の寄港地ですから、大阪―京都―敦賀は当時の日本の南北を結ぶ重要な輸送路であり、中継点であった伏見は、まさに交通の要衝だったと言えましょう。】


 明治維新時の鳥羽伏見の戦いでいったん焼け野原になってしまいましたが、明治以後は豊かな地下水を利用した醸造業が盛んになりました。この点が飲兵衛の多いラヴ茶の面々の中でも、特に名を秘すおひとりを魅きつけたのかもしれません。

 桃山御陵駅で下車し、伏見の中心部とは逆ですが、武田街道大手筋を東に向かいます。
まずは『御香宮神社 (ごこうのみやじんじゃ)』に参拝のはずが‥。
 何を考えたのか、もずるがいきなり神社隣の鉄製の門扉にしがみついて写真撮影を開始。
いちさま「あの、何なさってるんです? もずるさま」
もずる「見て下さい! あの建物! 木造旧校舎を改造したのか、それとも復元か? いずれにしても木の窓枠といい、腰壁といい、反りのついた屋根といい‥いい味出してます」
桃山幼稚園 園舎

まさやんさま「しかし‥どうみても変質者です。その、門扉にしがみ付いている有様は(伏し目)」
もずる「変質者って‥」
 言われたもずるが門扉横の看板を見ると『桃山幼稚園』‥。
 興奮気味に幼稚園の門扉にしがみ付いて園内を撮影する胡乱な男性‥確かに変質者として引っ張られても文句は言えない所業。
 もずるはそそくさと門扉を離れると、他人のふりを決め込んだみんなを追って足早に神社に向かいました。

13:30頃 御香宮神社

 『御香宮神社』は、境内に湧き出る香りのよい水が病気を治し、それを寿いだ清和天皇から「御香宮」の名を賜った神社だそうです。しかし、境内に入るとそこに漂うのは、芳香ならぬそこはかとない異臭。一同、周りを見回すと‥。
「銀杏だっ!」
 そう、境内には公孫樹の大木が幾本も聳えており、その内の何本かが雌木で銀杏の実をつけています。
「えっ? 志摩子さんはどこ?」
「銀杏を踏まないように歩かないと、粛清されるかも」
「誰に? って乃梨子にかー。‥殺られるね。間違いなく」
 こんな時は一瞬にして妄想モードに入るラヴ茶のメンバー。ほんっとに大好き♪
 奥の社殿に辿り着くと、その脇に名前の由来となった『御香水』が今も湧き出ています。何かのお店をやってらっしゃる方たちでしょうか、何本ものペットボトルに水を詰めていらっしゃました。
 私たちもちょっとお邪魔して飲ませて頂きました。無味無臭ですが、なんとなく「丸い味?」って印象の水でした。

 帰り道、神殿脇の絵馬堂を見に行ったいちさま、紀州さま、薫子さまがなかなか帰ってきません。漸く戻ってきた三人に訊くと、算額が奉納してあったとの事。

【算額は和算(日本で独自の発展を遂げた数学)家が学問成就の祈願や実力誇示を目的として奉納された数学の絵馬の事です。普通の絵馬と違って、幾何や代数の証明が図版付きで書き込まれています。】

相変わらず意外なものに食指を動かすラヴ茶のメンバー。

 『御香宮神社』を辞去し、今度は西に戻って伏見の中心街へ。桃山御陵駅を通り過ぎた所で南に曲がります。一見、私鉄駅そばのごく普通の小さな商店街ですけど、軒の低い昔の商家をそのままお店やオフィスに使ったり、新築でも格子や差し掛け屋根の意匠を取り入れたりして、何となく「らしい雰囲気」がそこここに醸し出されていました。

ゆっくり歩いていると、まさやんさまがガイドブックと周囲を交互に見比べています。
もずる「どうしましたー?」
まさやんさま「いや、この辺に鳥羽伏見の戦いの時の弾痕があるそうなんですが‥」
紀州さま「これですか?」

魚三楼」という料亭(鳥羽伏見の戦い以前から営業なさっていた老舗だそうです)の表格子に弾丸が抉った痕があります。
弾丸が格子の縦桟を何本か抉り、格子枠にめり込んだ痕があります。当時の小銃ですからミニエー銃でしょうか。口径は十五ミリか十七ミリか‥。堅木の格子がこれだけ抉られるのですから‥こんなので撃たれたくは無いものです。

角を西に曲がり、京阪本線を渡って暫く直進。次は『月桂冠大倉記念館』見学です。
その事から道々お酒の話をしてましたら、
薫子さま「でも酒飲は‥」
 それを聞いた瞬間、固まるラヴ茶シニアチームの面々。明らかに『飲酒』の間違いなのですけど、耳年増(誰だ?「本当に年増じゃないの」なんて言っているのは)なシニアチームの面々は『しゅいん』に別の字を当ててしまったのです。シニアチームに流れる何とも表現しにくい沈黙。漸く志音さまがお姉さまとして忠告。
志音さま「るーちゃん、それは拙いわよ」
薫子さま「はい?」
 最年少でまだ清らかな薫子さまは全然気付いていないのでした。(この後、『寺田屋』でもう一度、薫子さまの凄い言い間違いがあったのですが、己の汚れっぷりが悲しくなるので割愛します)

14:10頃 酒蔵の町並み

 伏見幼稚園(いやっ、別に幼稚園に特別な興味があるわけじゃないんです! ちょうどランドマーク的位置にあるから(滝汗))を南に折れると、倉が立ち並ぶ光景が広がります。
伏見の酒蔵の町並み

 この辺は酒造会社が集まっていて、その酒蔵(実際の用途は倉だけでないようです)が往時の姿を彷彿とさせるように、白壁と船板張りで構成されています。写真左手の倉も実は『鳥せい』という飲み屋さん(酒造会社さんが経営なさっているようですが)です。

このお店の北の端に『白菊水』という湧き水がありました。『山本本家』の清酒『神聖』の仕込み水だそうです。
当然飲んでみるラヴ茶の面々。先ほどの『御香水』と同じ水脈だそうですが、こっちは「真っ直ぐな味?」でしょうか。

 でも天下の酒処で水ばかりでは‥と思ったのかどうなのか、ふと気付くといちさまがいらっしゃいません。
 すると『鳥せい』の南端の直売店からご満悦の表情のいちさまが。そしてその手にあるのは‥『酒アイスクリーム』!バニラアイスクリームに柚子の糖蜜煮をトッピングして日本酒をかけた大人限定のスイーツ。
紀州さま「あんた‥また酒か」
いちさま「だ、だって、二十五年物の古酒なんだよ。味わわない訳には」
 しかし、みんなして味見をさせてもらうと、確かに美味しい! 日本酒はその香りと甘みがアイスクリームによくあうそうですが(いちさまに教わりました)納得いたしました。一同、直売店に入るとそれぞれに酒ソフトクリームやアイスクリーム梅酒がけなどを注文。堪能致しました。
 勢いがついたのか、いちさまは酒屋さんの前掛け(大きなポケットがついていて紺地に白抜きでお店の名前が入っているの)を購入なさっています。

14:30頃 月桂冠大倉記念館

 直売店を出て、南下する事しばし、『月桂冠大倉記念館』に到着しました。
 この記念館は月桂冠が社史編纂を目的として保存した酒造用具類の一般向け展示を始まりとして、伏見の酒造りと日本酒の歴史の紹介を加えたものです。
 300円の入場料を払うと純米酒の一合瓶を下さいます。その瓶が懐かしの月桂冠キャップエース!(ってこれを懐かしいと言う時点で年が‥)

 古い倉作りを再現したロビーを出て展示棟に向かうところに仕込み水の井戸があります。またもや味見してみるラヴ茶の面々。といっても酒アイスを食べた後ですから、既によく解りません。
 井戸の北側は中庭になっています。醸造に木の大桶を使っていた頃は洗った桶をここで干していたそうで、当時の大桶が展示されています。中庭の向こうは現在も酒造りに使われている奥倉になっています。

 展示品を拝見した後、もう一つの中庭(観賞用の庭)の四阿(あずまや)で揃って休憩。平日で観光客が少ないせいか記念館はどこも人気が少なく、特にこの中庭は涼しい風と静謐で明るい日差しに溢れてなんとも穏やかな気持ちにさせてくれました。

 一休みした後は、いよいよお楽しみの利き酒です。現代風の辛口純米酒と明治末期のお酒をを復刻した甘口吟醸酒、それにプラムワインを飲み比べました。
 甘口の吟醸酒が意外に美味しく、洒落たアイデアの瓶(これも復刻品。駅売りを目的としてキャップがぐい飲みになってます)も相まって、思わずお土産に買ってしまいました。‥商売上手な。(苦笑)

 お土産品売り場では、日本酒だけでなく日本酒を使ったお菓子や化粧品、酒造り関連のグッズなどを売っています。「車を運転する方はご遠慮下さい」と書かれる程、酒精度の高い奈良漬が美味しい♪ と遠慮なく試食。
 ふとグッズコーナーを見ると、いちさまが何やら手にして憮然としています。近づいて確認すると、先程の直売店で買ったような前掛けです。(書かれている屋号が、向こうは山本本家、こっちは月桂冠ですが)
もずる「どうしました?」
いちさま「こっちの方が200円安いんです」
もずる「ああ‥。ま、まあ入場料も加味して考えれば‥」
 そんなこんなで記念館を出て、北に戻ります。記念館を回り込むようにして西に曲がると、これも記念館の一部の酒蔵寄席の会場があります。
 その前を鍵の手に過ぎ、黄桜記念館の前を通り、宇治川派流の畔を更に西に進みます。川沿いに植えられている立派な柳の木がさらさらと葉擦れの音を立てて、心地よい道でした。

 やがて右手に古風な宿屋が見えてきます。宿屋の横の土地は整備されて休憩所になっていますが、道に面した正面は当時のままの面影を止めています。
 「寺田屋騒動(薩摩藩の急進派誅殺事件)」と「坂本竜馬襲撃事件」の舞台となった『寺田屋』です。内部は公開されていますが、現在でも宿泊が可能だそうで、まさやんさまが宿の人に確認をしています。
まさやんさま「何人ぐらい泊まれますか?」
宿の人「五、六人ってところでしょうかねえ」
まさやんさま「人気あるでしょうから、予約は難しいのでしょうね?」
宿の人「そうでもないですねえ。食事も出ないし、昼間は見学者に開放するけえ出てもらわんとならんし‥」
 ‥まさやんさま、ラヴ茶オフin寺田屋をお考えだったのでしょうか? でも歴史を味わう宿泊もなかなか厳しそうです。
 そして実際に部屋を見学するとどの部屋も狭いのです。天井が低いせいせいでそう感じるだけでなく、実際に狭いらしく畳が京間じゃないようでしした。よくここで刀を振り回せたなあというのが実感です。
【京間:畳の大きさを示す言葉(モジュールを指す場合もある)京間は六尺三寸×三尺五分で江戸間より広く田舎間より狭い】
 でも二階の縁側に座って手すりに持たれて宇治川派流を眺めるとなんとも風情があり、
「その辺で買ってきた酒と佃煮かなんかで一杯やりながら眺めたら楽しいだろうなぁ」
という事でラヴ茶一同衆議一決しました。(やっぱり酒‥)

 外の休憩所で一休みした後、道幅の狭い商店街(車は絶対入れません)を北に抜け、桃山御陵前駅に戻り近鉄京都線で京都駅に戻ります。

 京都駅で荷物をロッカーから取り出し、JR東海道線で大阪へ。(SUICAが東京と同様に使えて嬉しかったです)
 17:30頃大阪駅に到着しました。

(で、もずるがやらかしを‥。薫子さまに「到着したのは梅田駅で大阪駅は別にある」と大嘘を教えました。確かに大阪駅と梅田駅は別の駅ですが大阪駅はJRの駅、梅田駅は阪急電鉄の駅でそもそも鉄道会社が違います。ただ、梅田がこの当たりの地名であるためかJRを利用する場合でも『梅田に行く』という言い方をする事があるだけなのです。ごめんなさい、薫子さま)

10月13日の3 大阪陰謀編 に続く。
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コメント
レポお疲れ様です!
詳細かつ楽しいレポ、誠にお疲れさまです!
自分のレポ執筆にあたり、大いに参考にさせて頂いております^^(←卑怯

「しゅ●ん」の件はですねー、いくら最年少でまだ清らかな私といえど、知らない言葉ではなかったのですよ。
ただ、脳内第一変換でアレが出てくるところまではさすがに・・・(伏目

続きを心待ちにしております♪
ごきげんよう、薫子さま。
ええもう、遠慮なく参考にして下さい。私も薫子さまやまさやんさまや志音さまのレポを参考に‥。(輪廻の蛇だ)
そして‥いえっ、その言葉を知っていたかどうかよりもシニアチームほぼ全員の脳内第一変換がソレである事が問題で‥。(伏し目)
ではでは、薫子さまのレポも楽しみにさせて頂きます。

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